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聖俗混沌とした霊地に佇む朝鮮寺の現在

▼知られざる霊的空間(スピリチュアルゾーン)生駒に朝鮮寺をみた002

■異観を呈す朝鮮寺群■
 
 長尾の滝のある額田の谷筋を下る。すると、小川の向こう岸に古びた家がある。いや、それほど古くはないのだが、人の気配も生活感もないためか、ひどく寂れてみえるのだ。小さな橋のたもとには「萬福寺」という表札とお地蔵さんが祀られている。これこそが朝鮮寺だ。この寺を大きくしたという住持(ポサル)李玉姫氏は18歳で来日。夫や子が亡くなるという不幸が続き、昭和35年46歳のときこの寺に来た。それまでは東京で焼肉屋を経営していたという。彼女は数年前亡くなり寺は荒廃したが、別の在日コリアンであるポサルの手に次々に渡り、寺名も一定しない。朝鮮寺は住持の入れ替えが激しい。住持と信徒の一対一の密接な関係で成り立つことが多く、住持が引退、死亡すると一気に寺は廃れてしまうのだ。生駒山地の西側の谷筋、辻子谷、額田谷、鳴川谷などには、多くの朝鮮寺が密集している。その数は60以上にのぼる。日本国内は当然、韓国にもこれほど多くの朝鮮寺が集中する例はない。いずれも大阪市内、そして在日コリアンが数多く生活する生野から数十分足らずで来ることができ、それでいて霊地生駒の宗教的な空気がただようひっそりとした山間なので、確かに場所としては申し分ない。大部分の寺は昭和20年代から40年代にかけての時代に創立された。江戸時代、西側の谷には、その豊富な川の水を利用して水車を稼動させた製粉工場、製薬工場が数多く操業していた。電力が発達し水車工場が衰退すると、その廃墟を利用して滝行を行う行場や小屋が建てられたという。そのような行場に戦後朝鮮寺が数多く創設されたのである。長尾の滝を下ってから、一般の住宅街までの数百メートルの川沿いに8軒の朝鮮寺がある。数軒の民家以外に何もない山間の谷だ。滝行場も見ることができる。独特の雰囲気に言葉がでない。ある寺の住職と思しき男性にこのあたりの寺について尋ねると、「知らないよ」とそっけなく返答した。一歩踏み出し、朝鮮寺というキーワードをぶつける。「ああそうだよ。本にウチも朝鮮寺と書かれて迷惑してるんだ。うちは日本の寺なんだから」
 彼のいう通り、生駒宗教の研究書によるとこの寺も朝鮮寺として紹介されている。「信者の9割が在日韓国・朝鮮人の中年女性であるという。宗教儀礼はまったく修験のもので、かつ住職も日本人であるにもかかわらず、在日韓国・朝鮮人によって信仰されているところが、他の朝鮮寺とは異なる大きな特徴である」とのことだ。この寺はもともと日本古来の修験の寺として創設されたのだが、付近に朝鮮寺の創設があいつぐと、次第に在日コリアンの信者が集まってきたようだ。住職は修験の求道者なのだから、朝鮮の民俗宗教の儀礼に疎くて当然だ。とはいえ、信者の9割までが在日コリアンであるために、寺院の経営方針に苦慮してもなんら不思議はない。同じ文献に、信者の先祖供養をしたり、朝鮮巫俗独特の「クッ」と呼ばれる儀礼をしているらしいとも書かれている。宗教者としての自らの信念と、信者の願いの間に男の心は揺れ動いているのではないだろうか。「今でも滝行は行っているんですか?」という最後の質問に、「川の水量が減って滝にならないから水道で調節しているんだ」。悪戯そうに笑う彼に不思議な魅力を感じた。生駒の朝鮮寺を俯瞰してみると、概ね衰退の道を辿っているようだ。ひとつに、ポサルと信者の高齢化が挙げられる。ポサルの死亡と同時に廃寺になるケースもある。在日コリアンも2世3世となると次第に日本の宗教儀礼に親しんでいくだろう。社会の多様化に伴う信仰の選択肢増加も原因のひとつといえる。生駒はどんな神々でも許容する大らかさがある。立小便対策に祠を建てたら、いつの間にか霊験あらたかな耳鳴りの神様として信仰を集めてしまったというケースすら存在する。在日コリアンたちが信仰の場としてこの地を選んだとしても誰も意義を申し立てないのだろう。石切神社から、電車とケーブルカーを乗り継ぎ、出発点の宝山寺駐車場に戻った。「観光生駒」という真っ赤なネオンの門が人影のない参道に不釣合いだ。宝山寺参道の両脇には旅館が並ぶ。いくつもの旅館の看板の明かりだけが怪しく灯っている。この界隈は遊郭なのである。ひとつの旅館に泊めてもらう。時間が時間だけに素泊まりだ。布団を敷く女将に尋ねてみた。「女の子は呼べますよ。最近は接待で派手に遊ぶというお客さんも減りましてね。通な旦那衆がよく来るんですがね。30年前までは着物の芸妓が参道を歩いて、それは華やかでいい風情でしたけれども」生駒山の中腹にある旅館だから景色は抜群だ。夜の奈良を一望することができる。この一日で歩いて見た物をもう一度思い返してみた。生駒は伝統や格式に重きをおかない。伝統がありそうなものが意外に古い歴史をもたず、由緒もなにもなかったりするのだ。脈打つ生駒の動的なエネルギーの源泉は、関西の都市民の欲望にあるのではないだろうか。いずれにしても、無節操で混沌とした生駒の不思議な魅力にとりつかれてしまう人々の気持ちがなんとなくわかる気がした。

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