■国家権力の暴力に対抗するため“さそり”を結成■そんなある日、宇賀神の運命を変える決定的な出会いが訪れる。知人の紹介で、山谷の下層労働者たちの真実を訴え、その闘いの支援を行うという「底辺委員会」なる集会に参加したときのこと。彼は司会として、議論をてきばきとまとめていた、全身黒づくめでサングラスといういでたちの男と挨拶を交わした。なんとも近よりがたい雰囲気だと思ったが、その男こそ後に、宇賀神とともに“さそり”を結成し、爆弾闘争に突入していく盟友・黒川だったのだ。そしてもうひとつ、彼を変えたものがある。「それまでの私は、山谷を喰いつめた者、怠け者、廃残者、前科者が行くところ、あの『あしたのジョー』の丹下ジムがあるところというようにしか見ていませんでした。しかし、そういった私の見方は、事実を知っていくなかで一変しました。山谷―釜ヶ崎に代表される寄せ場の下層労働者は、全国の被差別部落、在日朝鮮人、沖縄、アイヌシモリ、解体された農村・漁村、閉鎖された炭坑などから創り出されており、その下層労働者が工業プロレタリアートの実体的支柱として基幹産業を底辺から支えてきたし、今もそうであるということがわかってきました」これ以来、宇賀神は黒川とともに、「下層労働者の解放」という大義に向かって邁進するようになる。釜ヶ崎や山谷で一労働者に紛れて、寄せ場や収容施設でひとり実態調査を行うと、業者に労働争議で団交しただけで、恐喝容疑で逮捕されたり、私服警官に警棒でボコボコに殴られるという現実も見えてきた。そこで彼が得た結論というのは、「下層労働者の闘いは圧倒的な国家権力の暴力の前で発展できなくなっている」というものだった。そして74年6月のある日。宇賀神の「敵に打撃を与えつつも味方はやられない、そのような闘い方が求められているのではないかな」という問いかけに対し、黒川は「では、そういうスタイルの闘いを準備していこう」と答えた。“さそり”が産声をあげた瞬間である。彼らが「東アジア反日武装戦線」に合流しようとしたとき、すでに“狼”部隊の前身が爆弾闘争を行っていた。彼らは自らを「都市ゲリラ」と呼び、その兵士心得と爆弾製造の具体的な手順を記した「腹腹時計」という教本をもっていた。10月には“大地の牙”という別部隊が大成建設を爆破。宇賀神と黒川の“さそり”は最後発だった。ちなみに、この名は労働者が地を這う姿にかけているという。彼らの闘争は74年の師走、江東区にあった鹿島建設の工場を爆破した「花岡作戦」で幕開けし、続いてやはり大手ゼネコン「間組」にもその狙いを定めた。■届かなかった「爆破予告電話」■それにしても、「労働者」のための闘いで、なぜ企業を連続爆破をしようと思い至ったのだろう。宇賀神はこう語っている。「建設業社を狙ったのは、かつて強制連行してきた中国人や朝鮮人を労働者として酷使した企業に対して“落とし前”とつけるということでした。第二次大戦中に植民地を侵略し、虐殺などをした日本の“戦争責任”を日本人としてどう負っていくか。単に親の世代がやったこととするのではなく、向こうの人民と連帯していくのかということも考えました。当時、間組はマレーシアでダム建設をやっていて、アジアの人々を圧迫していました。74年には現地のマラヤ共産党のゲリラが間組を襲撃しています。それに日本にいる自分たちどう呼応したらいいのかと考え、過去の自分たちの責任を引き受け、抑圧されているアジア人民ともっと連帯できる方向を模索したのです」事務的な中枢に打撃を与え、システムを撹乱する効果を考え、本社を狙うことにした。宇賀神はスーツ姿となってサラリーマンを装い、侵入しやすい経路、警備の配置など何度も事前の下調べを繰り返した。そこで彼が最も神経を払ったのは、「人に危害が及ばない」ということだった。爆弾を使用しておいて、本気でそんなことを考えていたのかと疑わしく感じる人もいるだろうが、当時の彼らは真剣にそう思っていた。奪いたいのは命ではなく、あくま企業だった。だからこそ彼らは爆破の直前に標的企業に必ず「予告電話」を行う。「これから重要なことを話すのでよく聞いてほしい。われわれは二個の時限爆弾をしかけた 爆弾はすぐに爆発する ビル内 及び道路上の人たちを至急避難させなさい」“狼”部隊も三菱重工爆破事件の際、再三この電話をかけているが、悪戯電話だと思われ取り合ってもらえず、結果として避難が遅れ、大勢の死傷者がでたのである。そして、それは“さそり”にもあてはまった。「人に危害が及ばないように、人のいないときに爆破するようにしたつもりですが、わたしが担当したところで結果的にけが人が出てしまったことはたいへん申し訳なく思っています」三部隊同時に行った作戦。宇賀神は○○の間組に時限爆弾を仕掛け予告電話をした。しかし、やはり避難が遅れて数人の負傷者をだしてしまったのだ。大義ある闘争のためとはいえ、人を傷つけてしまった。しかし、いったいどうすればよかったというのだ。『だから教えてくれ 警察が爆弾処理にかかる余裕もなく それでいて誰も死なないための 誰も傷つけないための時間を』だからこそ、冒頭の舞台で役者たちが発した問いかけに宇賀神は涙を流したのである。(文中敬称略)文 竹内一晴